コラム

第五話 手応え【ストーリーで知る動画広告ネット】

文字数
1700文字/3分
難易度
やさしい

 深夜の居間で父とお酒を飲む。父が釣った魚の刺身をつまみながらビールを飲み進める。会話はあまりない。父は寡黙な人物なのでアルコールが入っていてもあまり喋らない。

 代わりに聞こえるのは波の音だ。この海沿いで生まれ育ったわたしにとって波の音は常に聞こえていることが当たり前だった。都会暮らしをしていた期間は閑静な住宅地のワンルームマンションに住んでいたが、波の音が聞こえない立地での暮らしは、たまに通る車の音を含めても異様なほど静かに感じられたものだ。

 大きな波が押し寄せ、飛沫になって壊れる音が聞こえた。すると父がふと箸を止め、わたしに目をやった。それから「そういえば」と呟くような声で以って言った。「お前が作った動画を見たというお客さんが来たぞ」と。
 
 
 父が言及した宿泊客とは、わたしも昼間、直接話をした。昼休憩のさなか、海辺をひとりで歩いていたときに話しかけられた。その宿泊客は都会に住む四十代半ばの男性で、奥さんと、ふたりの子どもを連れ、四人で泊まりに来ていた。

「家族旅行でどこかに行きたいな、と考えていた矢先に、あの動画を見かけて、ここの旅館に来ようと決めたんです」

 男性はつい数分前に、チェックアウトして家族と一緒に旅館を出たところだった。少し離れたところに、海を眺める妻子の姿も見えた。男性は旅館を出発する際、「あの動画はどなたが作ったんですか?」とわたしの父に訊ね、わたしがここにいることも父から聞いたという。

 小学四年生だという息子さんはスポーツが苦手で、普段の遊びも家でテレビゲームをして遊ぶばかりだったが、昨日山道を登った際には競争ではなく身体を動かすことが楽しかったのか、笑顔で坂道を駆けていったそうだ。

 高校二年生だという娘さんは、このところ進路のことで思い悩んでいたが、今回の旅行を経て「こういう自然のある場所で働くのも悪くないかもしれない」と話しているらしい。
 
「おかげさまで楽しい旅行でした」と男性は笑った。
 
 
 家族旅行を考えている五十代男性。これは私が先日Facebookに動画広告を出した際、考えていたターゲット像と見事に一致していた。
 
 動画を見てやってきたという宿泊客は今回でふたり目。もっと増やしたいが、現状ではそれなりの手応えを感じている。正しい方法で発信しさえすれば、届けるべき相手にきちんと届くのだ。それが実感として分かっただけでも大きな収穫だ。既に次の動画の制作も始めている。
 
  目下の課題はクリック数があまり伸びていないことだ。動画の平均再生秒数は比較的長く、スキップせずに見てくれているひとが多いにもかかわらずだ。つまり、興味を持ったひとが、次に何をすれば良いんか分からない動画になっている可能性が高い。そこで現在制作中の動画では、公開中の動画をベースにし、「体験価値」を伝えるメッセージを交えて3パターン用意している。
 
 数字を道しるべに、さらなる数字の出し方を導き出していく。それ自体は都会の会社で働いていたときにもやっていたことだ。都会時代はそれが苦痛だった。数字を落とせば人間扱いされないというプレッシャーが常にのしかかっていた。数字のためには他者を出し抜いたし、場合によっては顧客にさえも貧乏くじを引かせた。当時を振り返ると、蹴落としたひとたちの歪んだ顔ばかりが未だに脳裏をよぎる。

 だから昼間会った家族が手を振りながら去っていったあと、わたしは泣きそうだった。自分の仕事をあんなふうに褒めてもらえたりとか、認められたりとか、そういう経験をわたしはこれまであまりしてこなかった。父はいつでもわたしの味方だけれど、寡黙なひとだから、言葉に出して褒めたり認めたりしてもらった経験はそれほど多くない。自分はずっと褒められたかったのかもしれない。言葉に出して認められたかったのかもしれない。そのことに今日わたしははじめて気づいた。

 
 深夜の居間で父とお酒を飲む。夜の波音をBGMにビールを飲み進める。「お前が作った動画を見たというお客さんが来たぞ」と父はわたしに言った。わたしは刺身を食べる手を止めて顔を上げる。父の口角はわずかに上がっていた。「お前はすごいんだな」そう父に言われた途端、わたしは急に酔いが回った気がした。顔中が熱くて、思わず手で抑える。